人が感じる音の大きさを正規化するとはどういうことか

人が感じる音の大きさを正規化するとはどういうことか

ラウドネス・ノーマライゼーションを改めて考える

ラウドネス測定法がITU-R BS.1770として定義されてから17年、日本には主としてTV放送運用規定 ARIB TR-B32として導入されてから9年経った2020年現在。また、近年は動画/音楽ストリーミングサービスにラウドネス・ノーマライゼーションが導入されたことで、ラウドネス・ノーマライゼーションに対する解説記事が増えてきました。
本投稿は下記ITmediaに掲載された「君は音圧戦争を生き抜けるか? 音楽ストリーミング時代のラウドネス・ウォー対策, 山崎潤一郎, 君は音圧戦争を生き抜けるか? 音楽ストリーミング時代のラウドネス・ウォー対策 (1/3) - ITmedia NEWS . 20200731閲覧」(以下本記事)に対するカウンター投稿です。

明確な誤り

本記事には明確な誤りがいくつか見受けられます。まずはそこを訂正します。

  • ラウドネス・フルスケール値(LUFS)に対する誤解
    1

「最小可聴値をゼロと規定し、数字がマイナスに振れるほど音が大きく感じる。

最小可聴値をゼロと規定するのは0dB SPLであり、本来LUFSとは何の関係もありません。また、dB SPLは値が大きいほど音量が大きいことを示しており、LUFSは値が小さいほど人が感じる音の大きさが小さいことを示しています。

  • ラウドネス・ノーマライゼーションの働きに対する誤解
    2

計測値がこれより高ければ、音量を抑えて、低ければこの数値まで増幅しているわけだ。

ラウドネス・ノーマライゼーションの働きについては、大きく下記3つに分類されます。

  • 計測値を基準値になるまで、時にはリミッター等を使い調整するもの(Spotify)
  • 計測値が基準値を上回った場合のみ、単にレベル(ボリューム)を下げるもの(ほとんどのプラットフォーム)
  • 計測値が基準値になるまで、レベル(ボリューム)調整の範囲内で調整するもの(iTunes Sound Check, Roon等)

本記事中の増幅が一般的であるような記述は誤りです。

  • レベル(ボリューム)が下げることに対する誤解
    3

高音圧の楽曲に対し、ラウドネスノーマライゼーションがかかった楽曲は、再生機器の音量を上げた場合でも、ただでさえ小さなダイナミックレンジがさらに小さくなり、平板で薄っぺらさを感じてしまう場合がある。

対象音源の品質、またボリュームを下げる際のアルゴリズムによりますが、ラウドネス・ノーマライゼーションの対象になるようなリミッティングされた圧縮音源に対して、数dB下げることで、ダイナミックレンジが小さくなることはありません。Spotifyの場合、計測値が基準値未満の場合に計測値までリミッターを使い基準値まで上げるので、引用とは逆にダイナミックレンジが大きい音源が小さくなることはあります。

  • YouTubeのラウドネス・ノーマライゼーションの働きに対する誤解
    4

-1.5dbとあるのは、逆に少しだけ音量を上げて送出していることを意味する

2と重複しますが、YouTubeは2で説明するところの「計測値が基準値を上回った場合のみ、単にレベル(ボリューム)を下げるもの」に該当します。よって、-1.5db(本文ママ)が示すのは、YouTubeの基準値よりも-1.5dB低いことを示しているだけです。

本記事の要旨

さすが商業ライターが書く文章だけあって、文章的にはよく書けていると感じました。本記事には技術的解説と主張が含まれているため、筆者の主張だけ抜粋してまとめます。

音響機器の技術を駆使して、音がひずまない範囲で、音楽全体の聴覚上の音量を、他の楽曲より、かさ上げすることで、J-POPなどロック系の楽曲で主に使われる手法がある。この手法を用いると、音圧=音の圧力が高いので、パッと聴いた瞬間、印象に残りやすく、楽曲への好感度を上げる効果が期待できる。アーティストやレーベルの中には、他の楽曲よりも音圧を上げることで、自分たちの曲を少しでも目立たそうという考え方で意識的に音圧を上げる人達がいる。この繰り返しが音圧競争である。

音圧戦争による弊害として、音圧の高い楽曲は、総じてダイナミックレンジが小さくなり、抑揚感の乏しい音楽になり、楽曲の内容によっては、連続して聞いていると聴き疲れする事例が多い。

高音圧は、アーティストやプロデューサーの考え方の1つであり、楽曲やアルバムに込められた個性でもあるので、CDの時代は音圧競争が続いていても良かった。

しかし、Spotify、Apple Music、YouTubeといったストリーミングサービスが主流の現在、高音圧は具合の悪い結果になる。ストリーミングサービスは、さまざまなアーティストの楽曲が混然一体となって放送のようなスキームでリスナーに届けられるのが特徴だ。楽曲により音圧に差異が生じたら、リスナーはその都度音量を調整する必要が生じ、心地よく聴くことができない。

昔のTV放送では、各放送局が定めた「ゼロVU」という規定数値の範囲内で、音響エンジニア達は、音圧を上げる処理を施すこともあったという。そのため、昔はCMで音量が大きいということが起こった。

そこで、テレビ放送業界が主導して放送のデジタル化を機にITU-R(国際電気通信連合・無線通信部門)がラウドネス規格を策定した。ラウドネス規格というのは、人が感じる「音量感」を定量化したもの。音量感の基準を設けたため、現在ではCMの音が大きいと感じることは少なくなった。

音楽業界には、放送業界のようなラウドネス規定が設けられていないため、違うアルバムの楽曲をプレイリスト再生した場合、楽曲の音量感に差異が生じ、快適なリスニング体験を提供できない可能性がある。そこで、Spotify、Apple Music、YouTubeといったストリーミングサービス各社は、コンテンツの音量感を統一すべく、「ラウドネスノーマライゼーション」(音量感の平準化)を行うための仕組みを設けている。

この仕組みに対する懸念は高い音圧の楽曲に対し、ラウドネスノーマライゼーションが適用され強制的に音量を下げられてしまうと、音楽の聴こえ方がアーティストの意図に反するものになってしまう可能性があるということだ。高音圧の楽曲に対し、ラウドネスノーマライゼーションがかかった楽曲は、再生機器の音量を上げた場合でも、ただでさえ小さなダイナミックレンジがさらに小さくなり、平板で薄っぺらさを感じてしまう場合がある。

ストリーミングサービスが主流になる中で、これまでのCDと同様に音圧を稼いでばかりでは、意図する結果が得られないことは明白だ。この点を、問題視するアーティストの中には、マスター音源をメディアごとに分けて作成する動きもある。CDの時代は「個性」として済まされていた音圧に対する考え方だが、「放送」に近い形態で音楽がリスナーに届けられるストリーミングサービスでは、その考え方を変えなければならない時期にきたようだ。

音圧競争は音の歪みを生まなかったのか

行き過ぎた音圧競争は、必然的に過度なリミッティング、マキシマイズを内包しています。過度なリミッティングやマキシマイズによる音の大きさは歪みとトレードオフの関係にあり、そのような処理が施された音源は聴感で分かるかどうかは別にしても、歪んでいることは事実です。
もちろん、歪んで聞こえなければ良いという主張もあるでしょう。しかし、昔は、歪んで聞こえる可能性があるものは、リリースし直しを求められるものでした。実例として、CDリリースの第1号である大滝詠一 / A LONG VACATION 35DH-1の2つのリマスターについて紹介します。

当CDは、最初音が小さいと言われ、リマスタリングし音を大きくした結果、今度は音が歪んで聞こえることがあると言われ、音を小さくしてリリースされた経緯があります。実は、CD第1号の作品は、CDリマスタリングの第1号でもあり、音が歪んで聞こえたがためにリマスタリングをし直す羽目になった作品の第1号でもあるのです。実際の波形を紹介します。

35DH-1 1A1(初出。本盤はプリエンファシスCDのため、ディエンファシス処理を施しています)




35DH-1 121(音が歪んで聞こえると言われたもの)



35DH-1 131(クレームを受けて音を小さくしたもの。本盤はプリエンファシスCDのため、ディエンファシス処理を施しています)



今日の音圧競争渦中にある音源を比較用にあわせて紹介することにしましょう。これまた大滝詠一 / A LONG VACATIONの20周年盤と30周年盤です。

20周年盤[SRCL-5000]




30周年盤[SRCL-8000]


※参考:LP通常盤(27AH-1234)、LPマスターサウンド盤(30AH-1616)





画像中の各値について簡単に説明すると、以下のような関係にあります。

音が歪んで聞こえる可能性 → True Peakの大きさ、Possibily clipped samplesの多さ
音圧をどれだけ上げているか → Integrated Loudnessの大きさ

音が歪んで聞こえる、というのは環境によって再現性を伴わない場合もあり、一概にこの値が常軌を逸しているからと言って歪んで聞こえるとは限りません。実際に、「35DH-1 121」を今聞いても歪んでいる箇所は分かりませんでした。もっともTrue Peakが大きければ大きいほど、そして、Possibily clipped samplesの数の値が多ければ多いほど、歪んで聞こえる可能性が上がるのは確かです。「35DH-1 121」と「30周年盤[SRCL-8000]」を比べれば、CD初期には歪んでいるとクレームを受けリリースし直しを迫られた音源よりも歪んでいる可能性が高い音源が、音圧競争の渦中では平然とリリースされているのは明白です。

また、Integrated Loudnessは、全体を通して人が感じる音の大きさを示しています。これをある基準よりも上げるには、必然的に過度なリミッティング、マキシマイズによる処理が必要となります。音の大きさを口実に、音圧競争で歪んだ音源がどれだけリリースされたかは言うまでもないでしょう。

人が感じる音の大きさ - ラウドネスとは何なのか

本来、人が感じる音の大きさは主観的なもので、定量化がすることができません。例えば、寝起きの時は音が大きく感じるし、気分が乗ってるときは大きな音で聞きたくなります。そのような中で、出来るだけ客観的に、同じ状態の時に同じように聞こえる音の大きさを定義化したのが、今日のラウドネス測定法(ITU-R BS.1770)です。

人は、同じ音の大きさであっても低い音よりも高い音の方が音が大きく感じたり、拍手のような瞬間的な音よりもエンジンの駆動音ような持続的な音の方が大きく感じたりします。ラウドネス測定法は、それらを人の聴覚特性に基づいた周波数の重み付け、測定区間の分割と外れ値の除外(ゲーティング関数)として盛り込んでおり、人が感じる音の大きさに出来るだけ近づけたものになっています。

例えば、今まであった尺度、VUは電圧の音量感を示すものとして規定されましたが、人の聴感に基づいた周波数の重み付けはされておらず、瞬間瞬間の値は分かるものの、作品を通して聞いてどう感じるかは分かりません。dBFSはデジタルレベルの大小を示すもので、人が感じる音の大きさを直接は示していません。SPLは音圧(空気の振動)の大小を示し、しばしば人の聴感に基づいた重み付けと併用されますが、これもまた、作品を通して聞いてどう感じるかは分からないのです。

ラウドネス測定法によるIntegrated Loudness(Programm Loudness)値は作品を通して聞いた時の人が感じる音の大きさを、客観的に数値化します。今日のラウドネス・ノーマライゼーションはプラットフォームの差異はあれど、人が感じる音の大きさ、つまりラウドネスを基準にレベルを調整します。この調整は、ほとんどの場合、特に過度に音が大きくされた音源に対しては、ただ単にレベル(ボリューム)を下げるだけで、元々の楽曲のダイナミックレンジを変えたり、周波数特性を変えたりといったことはしません。単に、レベル(ボリューム)を下げるだけなのです。

ラウドネス・ノーマライゼーションによる恩恵

ラウドネス・ノーマライゼーションは、ラウドネスが均一になるようレベル(ボリューム)を調整するだけの機能です。これによって、過度なリミッティングやマキシマイズで音が大きくなった音源は、その程度に合わせてレベル(ボリューム)が下げられ、プレイリスト中で人が感じる音の大きさが揃うようになります。ただし、ラウドネス・ノーマライゼーションは完璧ではありません。人の気分を察することもできませんし、楽曲のジャンル、例えばバラードやハードロックも等しく扱います。そこで音をもっと大きくしたい、小さくしたいと思ったら再生機器のボリュームを上げ下げすれば良いのです。

ラウドネス・ノーマライゼーションは、ボリュームの上げ下げを少し肩代わりしてくれるだけの機能に過ぎないのです。ただし、音の大きさが異なるアルバムが混在しているプレイリストを再生しているとき、極端な例を言えば、プレイリストの中でクラシックとEDMが混在しているとき、うわっ音が大きい、という悪体験をかなりの割合で無くしてくれます。

制作サイドの見方をすれば、不毛な、終わりなき音圧競争に一つの区切りができたことになります。音への弊害を受け入れつつ音を大きくしたところで、結局ラウドネス・ノーマライゼーションでレベル(ボリューム)が下げられてしまうわけです。言い方を変えれば、単に音が大きいことは、シャッフル再生、プレイリスト再生においてはユーザーにとって悪体験にしかなりません。その悪体験をラウドネス・ノーマライゼーションは肩代わりしてくれているのです。

ラウドネス・ノーマライゼーションの影響下において、3つの見方ができるでしょう。

  • 音を大きくする処理を施した音こそが望むものだから、そのまま続ける
  • 音が大きく聞こえないなら今までの処理は不毛だから、ダイナミクスを生かした音作りに変える
  • ラウドネス・ノーマライゼーションの基準値に合わせて出来るだけ音が大きく聞こえるよう処理をする

ラウドネス・ノーマライゼーションは、そのどれをも制限しません。最後の基準値に合わせた処理は、第2の音圧競争を生むという声もありますが、ラウドネス計測法に明確な抜け道は無く、各社の基準値に合わせて処理しても以前の音圧競争のような常軌を逸した処理にはなりません。音を大きくしたいがために、音を犠牲にしていた処理があるならば、それはラウドネス・ノーマライゼーションの影響下においてはほとんど無くすことができます。もっとも、各社基準値が異なる中でそれぞれに合わせてマスターを作るのは、これもまた不毛でしょう。制作側が真に望んだサウンドを音源にすれば良いのです。

ラウドネス・ノーマライゼーションは敵か、味方か

ラウドネス・ノーマライゼーションはほとんどの人にとって少なくとも敵ではありません。名だたる業界団体が共同で確立した手法は、ほとんどの人にとって敵にはなり得ません。リスナーにとってはボリュームを自動的に調整してくれる便利な機能ですし、音を大きくすることを余儀なくされてきた制作側にとってはその業界強制力を失わせてくれますし、音が大きいことを望んできた人にとっても別に何か悪影響を与えるわけでもありません。

ラウドネス・ノーマライゼーションを厄介に思う人たちはたった一部の層、音が大きくなければ商業的ヒットは望めないと盲目的に思い込んでいて、音が大きければ歪んでようが構わないとしてきた人たちです。もっとも、ラウドネス・ノーマライゼーションはそういう人たちに、敵対的な挙動をするわけではありません。ただ、静かに、そういう音源のレベル(ボリューム)を下げるだけです。残るのは、感じる音の大きさが他と揃えられた歪んだ音源だけです。

ラウドネス・ノーマライゼーションをオフにすると、以前と同じような音圧競争のただ中に戻ることになります。プレイリストで音の大きさに差がある楽曲に移る度にせわしなくボリュームを上げ下げすることになりますし、音が大きければ売れるという盲信的思い込みは業界の強制力として残り続け、歪んだ音源のリリースが続くことになります。

ラウドネス・ノーマライゼーションをオンにするのもオフにするのも、自由です。オフにできないプラットフォームはありますが、今どきそこでしかリリースされていない音源というのもないでしょう。以前と同じことを望むのであれば、オフにできるプラットフォームで聞き続ければ良いだけの話です。でも、人を盲目的にするのが音の大きさというものです。一度、ラウドネス・ノーマライゼーションをオンにして、今まで聞いてきた楽曲、そして新譜を聞いてみませんか。ほとんどの人にとって便利な機能であるのですから。


なぜカウンター投稿を書いたか

自分がどうしても我慢ならないのは、もちろん音の大きさの犠牲になって歪んだままリリースされてしまった音源もそうですが、何より、長年人類の英知を結集して生み出された科学的確立を、傲慢な思い込みと慣習の一声で台無しにしてしまうことです。ラウドネス・ノーマライゼーションをTVのラウドネス規制のために作られた放送由来の規格を、何も考えないで音楽に持ち込んだと考える人もいるようですが、これは大きく異なります。そもそもラウドネス計測法の確立には、TC Electronicが1998年から行っている、音楽を含んだ膨大なデータの解析と研究結果が多分に盛り込まれています。その一端は下記ペーパーで伺い知ることができます。

Overload in Signal Conversion

TC Electronicが業界でいち早くラウドネスメーターをリリースできたのもこれに由来します。これをビジネスの恣意的活動と見る人もいるでしょう。しかしながら、今日のラウドネス計測法は、TC Electronicのものではなく、全世界の業界団体が議論を重ねた結果です。そこに恣意的要素が入り込む余地はありません。もし、反意があるとすれば、それに敬意を払って、慎重に議論を重ねるべきなのです。音が小さくなった、潰されたといった一時の感情論や印象論、または間違った事実によって踏みにじられるものではないのです。しかし、そういうことに無神経な文章が、特に国内では大きな看板を背負って展開されることが多々見受けられます。自分は、それがどうしても我慢ならなかったのです。

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とても面白い記事でした。
独学で色々音圧について調べている中で、自分の知りたかったことが書いてあったように思います。
ありがとうございました。